店舗三代記、あらすじ
弊店は。初代・小川原昇(あきら)が設立し、現店主・小川原格(ただし)が二代目でございます。
今春五年の仲居修業を終えた長女が、若女将として店で頑張っております。
何が起きても不思議ではない時代、弊店のような蕎麦屋も後継は大変な時代となりましたので、スタッフや若女将が無事三代目を頑張ってもらいたいものです
。
さて、弊店の店主はまだ二代目ですが、弊店の「店舗」は、すでに四代目なのです。
初代が一代目から三代目店舗を、二代目店主は四代目店舗をつくりました。
ということで、小樽・蕎麦屋・籔半物語の其の壹は、「小樽・蕎麦屋・籔半『店舗』三代」のご紹介となります。
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其の弐、小樽・静屋通り物語・あらすじ
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↑左:第四代北海道長官・北垣国道 右:榎本武揚
弊店がある通りを「静屋通り(しずや)」といいます。
小樽の駅前の中心街の通り名にこんな賑わいとは無縁な名前をどうして命名したのかと帰省し蕎麦屋で生きると決めてから町内の古老に聞き取りを始めました。
古老の話はとめどなく続き、一体この通りはどんな人々がその時代時代を生き抜いたのかを調べ始めました。
それが、この「其の弐、小樽・静屋通り物語」です。
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其の参、旧金澤友次郎邸解体移築顛末記・あらすじ
昭和61年夏、商大通りに存した小樽でも有数の邸宅「旧金澤友次郎邸(旧伍楽園)」が解体移築されました。 そうです、弊店の内部部材に再活用されました。
弊店玄関の腰板、アプローチの敷石、石蔵の蔵戸前の板間、帳場、お手洗い、二階書院座敷などなどあらゆるところに、旧金澤亭の母屋・和風建築部材を移築したのです。
そして、あずましい(落ち着き、和む)蕎麦屋空間が生まれました。
その旧金澤亭とその解体移築のプロセスの物語です。
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