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蔵戸前

01黒っぽい蕎麦が本物

ありゃ、ウェイトレスおぉっと、最近はなんかレスは使っちゃイケねぇんで、そのホールスタッフがある日、血相変えて板場の前のカウンターに飛んできて、

「タイショォォ、もう許せません!」

てぇ、今にも泣きそうな顔で訴えてきたと思いなせい。
普段は問題がおきるとすぐ女将にナンデモ報告し対処するスタッフが、ただ事じゃない。

「どうした?」

と聞くと、男女二人連れのお客様のオーダーを伺いにいって、連れの女性のお客様が品書き見ながら、

「あらぁ、蕎麦屋なのに丼物あるゥゥ?」
「一流の蕎麦屋さんのメニューって、お蕎麦だけなんじゃないの?」

てぇやられた、という始末。 
まあ、年に一人や二人はこんな理解度やわけあって嫌みを言われるお客様が来店される。
ま、クレームなのか、訳ありなのかの判断は難しい。
弊店ではラーメンはやっていない。が、蕎麦屋でラーメンをメニューに置くと、なにか蕎麦屋の「格」が下がるてぇ評価をしてくれる批評家もいる時代だ。
「丼物あるって、蕎麦屋じゃない?」てぇ、どうしようもない事いうお客様がいたって、何も可笑しかぁね。
要は蕎麦を茹がく釜とラーメン茹がく釜をきっちり別に用意して、ラーメンはラーメン専用釜で茹がきゃ、別に問題はない。
一つの釜で蕎麦もラーメンも茹がきゃ、そりゃどっちも旨くなくなるがね。
でも、昔はそんな蕎麦屋が大半だった。
ラーメンスープ「レードル」も、蕎麦とラーメン一緒のもの使えば、蕎麦つゆにラーメンの脂が浮くてぇ始末になるから、お客様が呆れても仕方ない。 
が、そんな時代がつい最近まであったし、今でもないわけじゃないがね。

「まあ、目くじらたてんな、そんな風に思っているお客様もいるってことだ。」

と言ってやると、

「あら、タイショ、お客様を教育するのも私たちホールスタッフの大事な役割っていつも言ってるのに、イインデスカ?」

と来たもんだ。
完全に目が釣り上がってる。「こりゃ、完全にきてる。」と思い、ホール主任を応対に行かせると、お客様が同じ事を聞いてきてオーダーをくれないと訴えてくる。

「そうか、そうなりゃ、女将の出番だろうが!」

と、女将を睨むと

粋な和服のお客様「タイショの好きなタイプ、和服で髪をアップして粋な女性!」

とカワサレル。

「ったく、モウ、お前等そんな質問にも答えられんのかぁ」

と格好つけたものの、根は正直でもう前掛けを外していて、帳場から客席を覗くと、これがいい粋筋の・・・。

「ン! コホン! じゃあ、仕方ねぇ、俺が行って応対してくっから、いいかぁ、俺の応対耳の穴かっぽじいてよぉく聞いとけよ!」

ナンテ格好つけて蔵座敷にむかう。
・・・・・

「いらしゃいませ、弊店の主でございます、何かスタッフではオーダーでお答えできないと聞きましてお伺いいたしましたが?」

と言うと間髪いれず、

「一体どういう教育されてますの?」
「申し訳ございません、どのような失礼を?」
「失礼って、ナンデ蕎麦屋さんなのに丼物なんかメニューにしているのってお聞きしたの? ナンカがっかりだわ、メニューに丼物ある蕎麦屋さんに連れてこられるなんて!」

と連れの男性客に流し目をくれる。 
その男性客はてぇと、渋いいい男前のお客様で、

「イヤね、小樽に連れてって、美味しい蕎麦屋さんでもいいから連れてって、と約束させられてね。 小樽のお宅なら連れてきてもいいと思ってね。」
「そりゃ、有り難うございます。」
「という事は、丼物ある蕎麦屋はランクが下がるっていう事でしょうか?」

と、そのちょいと化粧が濃い目の、夜の業界と見受ける女性のお客様に聞き返す。

「そおぉ、わざわざ札幌から、お寿司の町・小樽に連れてきてもらったのよ。 」

と胸を張る。
ハハァン、連れてきた渋いいい男前の男性客が気が利かねぇんだ。 小樽に行きたいてぇ事は寿司屋が最初から狙いで、蕎麦屋てぇのは安心させるための手でしかないのに、それを察してやらないでいるんで、女性はフクレテルんで。)

「札幌から、それはそれは。で、『オクサマ!』、つかぬ事お聞きし ますが、札幌の鮨屋さんではお客様はどちらがお気に入りで?」

急に笑みをもらした、くだんの女性は、

「ま、奥様なんてぇぇ、お寿司屋さんンン、そうね札幌では○○寿司や△△寿司、小樽では○○寿司かなぁ。」

と、結構名高い鮨屋の名前をあげて頂く。

「そうですか、どちらも有名なお店ですなぁ。 あの、私も今おっ しゃた寿司屋に伺った事ありますがね、どちらも天丼も鰻丼もメニ ューにおいてらっしゃいますがね。 それで寿司屋さんとしてのランクは下がらんでしょう?」
「まぁ、寿司屋さんの丼物と蕎麦屋さんの丼物とじゃぁねぇ」
「その・・ですね、寿司屋の丼物も、蕎麦屋の丼物もどちらも食材の 『副産物』なんですがね。」
「ま! そんな寿司屋に失礼でしょう! カツ丼など寿司屋さんでは、置いてないでしょ!」

カツ丼 来たな!
 まってました!言ってくれました!
 カツ丼!と言ってくれた日にゃ、黙ってられんわ。

 

「ちょっと膝くずさしてもらいます。 そりゃ、寿司屋さんはメニューにしたくてもカツ丼はメニューに出来ないンですよ、それは!」
「ま、そんな、寿司屋さんを馬鹿にしてるんじゃない、それは!」

と、女性客は身を乗りだしながら、睨みつけてくる。
いい女だぁ!ちょっと怒った顔がますます色っぽい! これでタチさえ良きゃ!

「まあ、何かお呑みになられ、私の話をお聞き戴けます?」

男性客は渡りに船と自分にビールを、連れの女性は日本酒をオーダーする。

「最近はですね、寿司屋もカツ丼出すお店もないわけじゃありませんがね、昔からマットウな寿司屋はカツ丼なんかメニューにせんのですわ。
何故かってぇと、蕎麦屋の「蕎麦つゆ」にかなうおダシは寿司屋じゃ無理なンでぇ。 それに、いい豚肉使えばカバー出来るってぇもんでもないんですよ。
昔はね、蕎麦屋のカツ丼の肉ちゃ、肉は薄くそれも固い「腿肉」しか使わんかったんです。トンカツ屋のように本物のとんかつ肉を使っちゃこれは旨くないんですね。
ま、まあ、お聞きくださいな。
なぜ固い腿、豚の腿肉使うかてぇと、この「腿肉」が一番豚肉のなかでおダシがでるんでぇ、それでパン粉まぶして高温で一気に揚げ、さっと揚げる、もうレア中のレア状態で中の肉は生のままで仕上げるんです。

レアまあ、アメリカ人ならそんなレアで食べる方もいるかもしれませんがね、日本人にゃ、これは無理。
でね、もう超「レア」=ブルーレア な腿肉のカツを蕎麦つゆで煮ると、蕎麦つゆの塩気に誘われましてね、レアな腿肉の中からコクのある肉汁が蕎麦つゆん中に滲みだすわけですわ。
このコクと旨味のある肉汁が蕎麦つゆにしっとり混ざり合うわけですな。
旦那様と奥様、お客様のようにシットリとね。
で、どんどん煮ていく。
と、超「レア」腿肉カツからどんどん肉汁が出て塩分濃度が高く、濃くなっていくわけです。 で、だいたい超レアな腿肉の塩気が蕎麦つゆの塩気と同じくらいになると、今度は逆に蕎麦つゆが超レアな肉に吸い込まれていく、超レアがミディアムレアになっていくわけでぇ。
もうここが蕎麦屋のカツ丼の絶頂だぁね。
ま、お客様のような『若い奥様』も学校で教そわったかわかねぇが、
・・・ ン、ハイ、お酒追加で? 
 (アイヨ!お銚子一本追加ぁぁ!)
で、そう、「生物」の授業で、高校で習ったでしょうが。
細胞膜を隔てて濃度の濃い方の細胞液が膜を通過して薄い細胞液側に浸透する、・・・そうです、さすがですねぇ、『浸透圧』てぇやつなんですな。
学生の頃はピンと来なかったが、ナンモ、蕎麦屋のカツ丼の世界にそれがあったんですわ。
エキスを吸ったり注いだり、うふ、色っぽいでしょう、腿肉と蕎麦つゆで丁々発止とやるわけですな。
その蕎麦つゆと超レアな肉の間で、揚げられたパン粉の衣はコクのある旨味の肉汁とダシの利いた蕎麦つゆ、そして敷かれた玉葱の甘味で煮詰められる、情熱の炎で焼かれる快楽。
いえ、すべての旨味で煮詰められる最高の贅沢を衣は味わう、わけですわ。
いい男に言い寄られる『オクサマ』のようなもんですわ、カツの衣は!
エッ、私にもお酌していただけるんでぇ、宜しいんですか、ご馳走さまです、お客様にゴチになるなんてぇありがてぇ。
このね、カァァァ、いい酒だぁ!
で、この浸透圧てぇ化学変化の塩梅をじっと見守って、頃合いだてんで一切の化学変化を無理やり止めてやるのが溶き玉子でトジルって最後の作業でして、まあなんですな、溶き卵が全ての旨味を封じ込めるわけですわ。
この加減を制するのが蕎麦屋の「蕎麦つゆ」なんですな。
フー! ちょっと喋りすぎたですね。
こりゃ、又、すみませんね、お客様のお酒を頂くなんて!
エ? 何です? 腿みたい固い肉じゃなく、上等のヒレ肉じゃ駄目かってんですか?。 
そりゃ、駄目ですわ。
昨今のグルメブームてぇ奴は功罪がホントはっきりしてる。
それも、最近は罪の方が目茶苦茶蔓延してますな。
   「弊店のカツ丼は極上ヒレ肉を使用しております。
なんてお客様の優越感をちょっとくすぐって、それでもって客単価を上げようって根性見え見えのヒレ肉のカツ丼だす店なんか、その最たるもんですな。
こういう売上至上主義はね、いやですわ。
大いなる誤解がね、飲食の世界に一杯あるんですわ。
何でも食材のいいの使えばお客様が満足する、なんて発想は料理人じゃないんでね。 グルメブームで若い料理人がとんでもねぇ勘違いしてしまう。
うちのカツ丼は極上の肉使っているから旨い、ナンテね。
いい肉を使えばカツ丼ってぇメニューが旨くなるかてぇと、全く逆なんですな。 いわゆるグルメブームてぇ奴は、それまで代々の苦労・工夫・蓄積が継承されてきた料理人の調理方法を壊しまくってくれたんですわ。
ヒレは、トンカツとして食べるにはそりゃウメェですがね。
トンカツ屋でヒレ食べると分かりますがありゃ肉汁がすんごく少ないんですな、そんなヒレ肉を分厚いカツ丼にするにゃ、初っぱなから芯まで火通さにゃなんねぇ。
てぇと先程言った「浸透圧」てぇヤツで料理するこたぁ出来なくなる。
蕎麦つゆの旨味、肉汁のコクと旨味がまったく絡み合わない、相互にいいとこを引き出しあわない「ヒレ肉塊丼」でしかねぇんですよ。
離婚寸前ま、離婚寸前に仲睦まじさを装う夫婦みてぇですね。
つまり肉だけ豪華にしたってカツ丼は豪華にゃなんねぇんですな。
ま、人間も上辺だけキレイにしたってね、タチがよくなきゃね。
カツ丼も人間も同じなんですわ。

おや、おや、私が話に夢中のうちにこんなに蕎麦屋酒の酒肴をご注文頂いて、ありがとうございました。
綺麗な『オクサマ』と蕎麦屋酒やっていただくのうれしいですがね、旦那さん、折角こんな奇麗な『オクサマ』と小樽に来なさったんですから、〆は鮨屋で締められては?
エ? 私がイキツケの寿司屋ですか? 
ええ、紹介しましょう、籔半の蕎麦屋親爺から聞いてきたと言っていただけりゃ、間違いねぇですよ『オクサマ』。
ハ!お名刺を、ありがとうございます。
蕎麦屋が名刺てぇ柄じゃねぇですが、私も。
なんと、オクサマかとすっかり思ってましたら、あの有名なクラブ△△のママさんじゃありませんか? ススキノにいったら今度顔だしますわ。
では、ごゆるりと。

 意気揚々、板場に戻るとホールスタッフがニコニコして音がたたないように拍手し、迎える。

「いいか、俺の話し方を聞いていたか?」
「ハイ、さすがタイショウです。」
「あたぼうよ!」

と胸を張り、 スタッフたちに、

「まあ、苦労してきたクラブのママだからわかって貰えたが、ワシらの蕎麦屋の世界をそんな簡単にわかっては貰えんわ。
若いアンちゃん子のまま、調理の世界に入り、すぐ店長にさせられる今 のファミリーレストランの料理人に、わかって貰えるかね。
カツ丼だって始めは当たり前の肉使って始まったんだろうよ。
でも、それじゃどうも旨くなかったんだな。
で、色々考えて、肉を取っ換え引っ換え試し、どうやったらお客様に旨いといわせるかてんで、工夫し、様々にテクつかって考案して、今になったわけ。
「天ぷら蕎麦」だって、天麩羅屋の「天麩羅」じゃだめで、蕎麦屋の「天 ぷら」だから旨いんでぇ。蕎麦屋のトンカツも天ぷらも、トンカツ屋や天麩羅屋からみれば「紛い物」かもしんねぇ。
が、この「紛い物」がお客さんを旨い、と言わせるんだかんな!
まあ、そういう風に考えりゃ、紛いモン人生かもしれんわな、蕎麦屋は。
だから蕎麦屋のオヤジは偏屈てぇ誤解されるけどな・・・。」

と、言い渡す。
これ以上話が長くなるとと、スタッフはサッサと持ち場に帰り、女将がニコニコし、

 「格好いいわ、タイショウ!」
 「アタボウよぉぉ!」
 「そのあたぼうのタイショウ? 頂いたお名刺をくださいな。」
 「ン、あいよ、ほら」
 「あら、男性のお客様のだけ? なにか、タイショウの鼻の下延びてますよ!」
 「わ、わかったよ、ホラ!」
 「まあ、あの有名なクラブのママさんじゃありませんか!。アナタ!」
 「な、ナンダヨ!店じゃアナタじゃなく、タイショウだろうが!」
 「ママさんのお名刺隠すなんて!」
 「コホン! よ、よぉーし、じゃあ、午後の蕎麦打ちに入るかぁ!」
 「アナタ!」

 平和な籔半の一コマです。
  The END

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