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 蕎麦屋親爺は如何にしてApple Macintoshでウェブサイトを立ち上げてしまったのか    

MacBookPro_1'st

Here's to the crazy ones.

Road to Our WebSite 2004.09.01

macpucaso

2004.09.01

 小樽・蕎麦屋・籔半・麺遊倶楽部、ウェブサイトを立ちあげてしまいました。
 わが女将に、
  「なんで、市民運動や観光のウェブサイトを立ち上げ、運営している
   のに、自分の店のウェブサイトをやらないの?」
と、言われ、
  「男の美学! プロの印刷職人を世の中から抹殺するウェブサイトづ
   にくりに、何で手を貸さねばならん。」
と、すまして応えたものの、
  「人一倍店を空け、小樽観光や後志観光のホームページをつくり、運
   営しているのに、自分の店のホームページは何年たったら、また、
   何台Macを買い替えたら完成させるつもり?
   もう、ホームページつくらないならMacを買うのは許可しませんか
   ら! 」
と女将に斬り返されてしまいまして。
  ・・・負けました。
 完全敗北、言いなりです(^^)
 ということで、弊店ウェブサイトを蕎麦屋親爺がマニュアル本片手に夜な夜な焼酎で朦朧となりながらアップしたというわけでございます。
 
 話は30年前、1985年(平成60年)にまで遡ります。
 前年、法人・株式会社籔半の「代表取締役」に登記上なりました。 
 が、まだ世間様は先代が「代表取締役」だと思っておられ、私もその方が楽だとのん気にしておりました。
 が、翌年初代・昇が急逝し、否が応でも店主になりました。
 1984年(昭和59年)小樽運河保存運動がついに終焉し、それまで店を放り投げまちづくり市民運動に狂奔してきた私に、まるで
 「もういい加減商売に専念しろ」
というばかりの急逝でした。

 それまで経理帳簿の多さにあきれ返り、パソコン会計ソフトの仕様を調べると振替伝票入力だけで全ての帳票が製作できるという能力に惚れ込み、導入を先代に提言しても初期投資額70万というと、  
 「店主は自分が楽になる事より、お客様の迎える諸設備やスタッフが楽になる厨房器具の更新などを先に考えろ」
と、もっともな切り返しに敗北いたしました。
 それが、いよいよ店主になって具体化できる立場になり、張りきりました。
 大女将・女将の
 「蕎麦屋の店主風情がパソコンなどを」
 「お父さんが亡くなって、好き勝手なことを」
という冷ややかな眼差しを受けながらです。
   NEC PC9800m2
   日本語ワードロセッサー「松」
   MS-Multiplan(現エクセルの前身)
   TOP財務会計(現勘定奉行の前身)
という環境でスタートしました。


 小樽地場の通信会社から、
 「オフィスコンピューターならアフターできるが、パーソナルコンピューターなどアフター出来ない、代わりに価格は仕入れ価格の大サービス。」
という条件で始めました。
 が、周囲に聞く人は一人もおらず、TOP財務会計をフルに使えるようになるのに一年がかりの苦労でした。
 そのお陰で充血した眼は元に戻らなくなりました。

Mac Plus

 しかし、そんな私に
    config.sys
    autoexe.bat
などの、MS-DOS 2.11~3.12 から解放されるべき勇気を与えたのが、
 Apple Macintosh
との出会いでした。

 丁度、小樽運河保存運動では都市計画や都市デザインを専門とする仲間が Apple Macintoshを購入し、会議の場に持参し得意満面見せつけてくれたら、もうたまりません。
  日本語システムはまだ販売されておらず英語システムしかなく、折角のExcelもローマ字で打たねばならない環境でしたが・・・、惚れました。

  我が家では、娘二人をもうけ最後に男の子も、と女将は札幌の男女産み分け98%と唱う札幌の産婦人科に3年近く通いますが全くその兆候がなく、自然の摂理に相反することは止めようと夫婦で決めた途端、身籠ります。(^^)
 お腹の中の子は、男女どちらかを産婦人科で医者に聞く勇気は女将にはありませんでした。
 しかし、私は確信してました。
 一貫性のある生き方をと言ってきた蕎麦屋親爺なのだから、今度も、女の子だ、と。
 で、案の定、三女が産まれました。
 そこで、女将が産婦人科入院している間に、1986年、Apple Macintoshの隠密導入作戦を始動させます。
 名目というか大儀は、
 「 私が自ら『男の子』をつくる」、『Apple Macintosh SE』という男の子を」
と。
 商売が商売で、女将とは産後だけは一ヶ月産婦人科でゆっくり養生させると約束をしておりましたので、一ヶ月後女将が三女と一緒に帰ってきた我が家のテーブルの上には
 『Apple Macintosh SE』
が鎮座していたのです。

Macintosh SE/30

 

 紙に書くのと同じく白地のディスプレィに映える黒のChicagoフォントの美しさに、取りつかれました。
 出たばかりのMac日本語OS「漢字Talk7」のosakaフォントのミミズがのたくったような醜さ(現在のWindows マシンのMSゴシックと同じです)を鼻で笑い無視しました。
 敢えて、英語版 MacOS-System7 に SweetJam という日本語FEPを組み込んだ環境で、Chicagoフォントに似せたSweetJamフォントで走らせる英語版MSーWordは、今では想像できないほど軽快なサクサク入力とシンプルな機能で、酔いしれました。
 手をインクだらけにする、シルクスクリーン印刷での自前の弊店の「お品書き」から、「Super Paint」というグラフィックソフトでのお品書きづくりに陶酔し、今思うと我ながら微笑んでしまう「デスクトップ・パブリッシング」に夢中でした。

Mac SE/30


 MacSE/30にアップグレード(当時のAppleには、ハードウェアのアップグレードがあったのです)し、Vimageというビデオ・ボードをつけて、13インチカラーモニターに接続するというカラー環境に入ります。

  販売されたばかりのインクジェットプリンターという今振り返ると実にほほ笑ましいデスクトップ・パブリッシング環境でした。
 ImageWriterというApple純正16ドット・プリンターのデザインに惚れ、プリンターヘッドを外してオプションでつける「ThunderScan」という原始的なスキャナーなど、その発想が今では信じられないユニークさですが、大感動したものです。

 その後、読み取り幅10cm程度のハンディスキャナーを、清水の舞台から飛び降りる気分で購入、現在のお品書きの平仮名文字は一文字づつ筆で書いた字体をそのハンディスキャナーで拾い、SuperPaitで加工・修正したものなのです。

Quadra840av ところが、市民運動で出会ったM氏に
  「Macを使っていて、インターネットをしないなんて」
と挑発され、
 「てやんでぃ、デジタルなメールには、行間を読むなんて世界は、ねぇだろうが」
と切り返したものの、
 「ホームページつくれば、まちづくり市民運動のとてつもない武器になるとおもいませんか?」
と切り返され、
   「ウゥゥン、最もだぁ」
と土俵際に追いつめられました。
 普段、感熱紙FAX文書の保存性の悪さに舌打ちしていたところをくすぐられ、まずメールからインターネットを初めます。

 Mac を導入して、丁度10年がたった1996年でした。
 ダイアルアップ時代からISDN時代に、という時代でした。
 
 私には画像容量を小さくするテクなどなく、M氏のウェブサイトにアクセスし、画像データをダウンロードして、どうしたらこんな小さなファイルにする事が出来るのか、と首をかしげたものでした。
powerMac7300 そして8年、
  「小樽まちづくり協議会ホームページ」
  「小樽マニア大集合ウェブ」
  「しりべしiネット」
と立ち上げ・運営に参加してきて、やっと自分の営む蕎麦屋のウェブサイトを立ち上げるところまできてしまったわけです。

 小樽観光ウェブサイトの「小樽マニア大集合ウェブ」
 後志広域観光ウェブサイト「しりべしiネット」
 この2つのサイトを8年、立ち上げから運営まで関わらせてもらい、ウェブサイトの運営管理の大変さを痛感しながら、自分の商い上では、ウェブサイトの運営管理や更新処理など「沢山だ」思いながら、しかし女将から散々つつかれ続け、女将の言うことをきかないと今後のハードウェアの更新に支障が出来ますので、アップする事になった次第なのです。


 
iMac 最初はISDN、そしてADSL、今では光ファイバーとインターネット環境は変わりました。
  デジタルカメラからの画像の取り込み、それを取り込んだウェブサイト製作とそのための各アプリケーションソフトまで、私のような素人からみると、この8年で目を見張る発展を遂げました。

 Flashだ、CGIだ、javaだ、XMLだ、MySQLだ、Perlだ、RSSだ、などかまびすしい時代です。
 ただ、自分で創れるというデスクトップパブリッシングの世界を経験して、自分で製作できる快楽を知ったわけです。
 印刷会社にいくら言っても自分のイメージに合わない版下をもってこられ、唸ったことが。嘘みたいです。

PowerMac G4 私のMac環境も
  Apple Macintosh SE
  Quadra840av
  PowerMac7600
と、PowerPC環境に移行しました。
 そして三年前、
  iMac
  PowerMacG4 877 QuickSilever
  iBook Dual
とまできました。

 三年間で「どうしたらこうまでガタガタにできる」と パソコン取り扱い店から呆れられるくらい、iBook Dualを使いまくってダウン。
 ついに、PowerBook G4 を購入。

G5 そして、この2005年、ウェブを立ちあげて Macのカラーディスプレィ表示とWindows のそれとの余りの差にがく然とし、丁度 windows e-Machine が格安で入手できるというパソコン取り扱い店の悪魔の囁きに屈し購入した途端、まだ windows e-Machine 触れてもいないのに、我がディスクトップMacである、
  PowerMac G4 877 QuickSilever
が嫉妬にかられ、ストライキを起こしてしまいます。
 幸いハードディスクは無事で、今、 PowerMac G5 Dual
の納品を心待ちにしている最中です。
 
 わがiBook、iPod そしてau Infobar anninというオールホワイトのツール群で周囲を固める、という夢は破れました。
 が、三人の娘達が親の夢を、意志を受け継いでいるようです。

 長女は、お椀をふせたようなiMacとiPod miniで自分のサイトをつくり、ネットオークションを楽しんでおります。
 次女が、大阪の大学へ入学が決まった時、長女と次女と二人大学生を抱える家庭経済で悩む父親としては
   「大学生協で安いwindowsマシンとプリンターセットになったの売っているだろうが」
と、思わず吐いてしまいました。
 その時、次女は、18年育て初めて見せる、軽蔑の眼を向け、
   「これまでパソコンなど無縁な小さい時から子供たちに散々Mac
    の良さを吹聴し、洗脳するがのごとく言ってきた父親として、
    windowsを買えなどとは、一体どう総括するのか」
と詰め寄られ、すごすご初代 iMacを次女に購入せざるを得ない、体たらくな父親振りでした。
 次女は学生時代そのiMacを使い切り、今春就職し自費で最新のiBookにau infobar にiPodというスタイルです。

 長女・次女ともいい成長をしております。
 残る3女が学校でWindowsをいじり、Macと関係性が形成されていないのが難関ですし、2年前独立した「蕎麦や荒又」の店主も、私に教えてもらえる方がいいとiBookを購入したのですが、音沙汰がないのが心配の限りなのですが。
 

Macintosh byceclr

 で、私自身は何も変わっていない(笑)。

 Macに触れたことのないWindowsユーザーが、あのミミズののたくったようなMSゴシックでのパソコンの世界しか知らない「幸い」をせせら笑い続けております。
 しかし、ウェブ制作だけはMacintoshとWindowsではディスプレィ上での色彩が全く違うという現実の前にWindowsでもチェックをしなければならない。現実が許せません。 Windows ユーザーは、「美学」と無縁なのだ、と酒で誤魔化す昨今でございます。

Macintosh SE/30

 ドイツ、ケロッグ社デザインのOld Mac SE/30は、今も本棚に鎮座し、変わらずに私を見下ろしております。
 わが三姉妹も絶対棄てるなといい、虎視眈々と狙っております。

 所詮、Macも インターネットもPCもツールに過ぎません。
 砥石で研ぎに研いだ包丁は、その握りから刃先の傷、天然砥石の凹みまでこの上ない愛着を感じるものですが、Macもそうです。

 弊店ウェブサイトが、その包丁のように愛着を感じられるものに育てあげられるか、と思わずにはいられません。
 HTMLタグさえ、覚えては忘れ去りしのレベルです。
 このウェブサイトにアクセスしてくれる各位と一緒に、小樽・蕎麦屋・籔半・麺遊倶楽部ウェブサイトを育て上げられれば幸い、と想いたがっている蕎麦屋親爺でございます。

Apple Macintosh SE/30 04

Road to Our WebSite 2006.06.11

Power Book side

 父の日と謂う、慣習があります。
 ナント、その父の日に、Apple Macintosh MacBook Proをプレゼントされてしまったのです。(^^)

 CPUが Intel の石だ。
 だが、使ってみるとインターネットが猛烈に早い。(^^)
 アプリケーションソフトとの相性はどうなかの、ゆっくり試してみよう。 
 周辺装置が、これまでのPPC対応だからすべて使い物にならなくなるのは、ハッキリしているわけだ。

 Mac上でWindowsが走る、Boot Campをインストールした。 
 ・・・気味悪い(^^)

 一ヶ月後の感想:
 BOOT CAMPは、インストールしたが、その時だけ。
 19年間の Mac User がなんで今更 Windowsをいじらにゃならんのか、と一ヶ月後 Windows はわがMacBookProから退場してもらった。(^^)

 一番使用する既存アプリは、ほぼ走る。

Road to Our WebSite 2009.01.01

canonG9 いよいよ、小樽・蕎麦屋・籔半 麺遊倶楽部のウェブサイトのversion3の立ち上げ直前となった。

 Mac ユーザーになって21年目。
 長女が若女将を張りに、帰省し入社。
 そして、いよいよ蕎麦屋親爺は還暦。

 記念というわけではないのだが。

 なんとかCSSが少し身近になって、友人達のソースコードを参考に頑張っている。
 この作業が終わり、Version3の立ち上げが完了すると・・・「新お品書き」の作成が待っている。

 それにしても、子供達をMacユーザーにしておいて良かった。
 これまでつくってきたデータを全部やればいい。
 但し、本サイトに使用した画像オリジナルデータから、ウェブ用画像データ、テキストデータときっちり整理して渡さないとならない。

 ハードディスクの深い深い階層まで探すなど、自分で考えてもゾォとする。


 6月に購入した、Canon PowerShot G9。
 メニュー画像を全部取り直す作業もせねばならないか・・・

 落ち着いて、腰を据えてウェブサイト、新お品書きづくりに専念したい。

Road to Our WebSite 2009.03.09

 やっと拙"蕎麦屋籔半オッフィシャルサイト"の、バージョン3をアップロードした。
 やはり一発アップロードで完了とはいかず、上手くはいかない。
 弄るのもイヤだが、WindowsPCでもチェックせにゃならぬ。
 世の中にWindowsOSがあるのが、そもそも問題なのだ。

 Windowsユーザー諸氏は、Windows用Safariを是非ダウンロードして、拙ウェブサイトにアクセスいただきたい。
 とは言うものの、世の中Windowsのあのミミズののたくったようなフォントを当たり前と思い込んでいる御仁が多いので、一応Windowsの"インターネットエクスプローラー"で、チェックする。
 マッキントッシュ画面では全くそんな症状が出ないが、Windowsの"インターネットエクスプローラー"上では、サイドバーが崩れ落ちる症状が現出。
 ・・・目が点になる。

 HTMLもCSSも論理性しかない。
 画像サイズの横幅の計算もせず、blockquoteタグをかけすぎて、それがサイドバーをずり落とさせていた。

 人間の場合はこうはいかない。
 論理だけでなど人間は生きていけないし、感情と心がある。
 それに比べれば、HTMLやCSSはこちらが間違うとそのように表現・表示するだけ。
 相手のこころの内など推測する必要など全くない。
 当方が間違ったと素直な気持ちでチェックをすればいいだけ。
 そう、要はHTMLコードをしっかりチェックしていないから、レイアウト崩れということになる。

 しかし、コーディングなど「アラ還」の年代には・・・つらい。
 目はしょぼしょぼになり、目やにはたまり、目が霞んでくる。
 プロは何千ステップのコードをチェックする。
 たかが蕎麦屋親爺のつくるサイト。
 何百ステップくらいのコードくらいはチェックせんとと自分に無理矢理言い聞かせる。
 そもそもプロならこんな単純なタグエラーなどしないと自嘲しながらやる。

 ・・・ が、女将の「早く寝なさい」攻撃には「万歳」するよりない。
 こういうコーディングなどという消耗な作業は、やる気になったときにやらねば、結局投げ出し放置してしまう。
 女将に、そんなコーディング作業をやらねばならない気分のありようなどを説明してもまったく通じない。
 そういう意味のない行為は諦め、女将の声は無視。
 英語バージョンをさっさとやりたいのだが・・
 まだ日本語バージョンのコードチェックが続く。

 おそらく、ほぼ目途がたった頃には私の老眼は一層進行しているだろう。

Road to Our WebSite 20110326 MacBookPro 2'nd

MacBookPro 2'nd

 3.11東日本大震災と東電福島第一原発核事故の前に発注した、MacBookProが到着した。
 2006.6.11父の日にプレゼントされた「MacBookPro 1'st」がついに昨年末からにっちもさっちも行かなくなって、新規購入を覚悟した。
 四年しか経ていない。
 持ち歩いたのが悪かったのか?
 更に、ヘビースモーカーでもあり、猛烈な酷使だった。

 キーボードのキートップは、Eキー、Oキー、Hキー、Tキーの付け根のパーツが弾性疲労し、すでに一回キーボード全部を取り替えていたが、即同じ症状が出てた。
 スーパードライブは完全に壊れ、CD・DVD読み取りは不可能になった。

 それでも、iMacのキーボードを接続し使用してきた。
 が、ハードディスクも抵抗し始め、Appleストアーに持っていったが、スタッフは絶句して立ち尽くした。
 「どうやったらここまでMacbookProがこうも壊れるのですか?」
と聞いてきてきた。
 それでも、キーボード交換した顧客の置いていったキーボードから上記のキートップを外し、わが愛機に装着をしてくれたが(^^)、
 「修理してもこの状態なら、又どこかがおかしくなるケースです、そもそも修理費を考えたら、新MacBookProを購入した方が絶対安価です。」
と、静かに宣告してくれた。

 もう、このMacBookProをAppleストアーには持ち込めないな、と。
 それから数ヶ月、それでも頑張って使用してきた。
 そもそも父の日プレゼントで頂いたもので、そんな簡単に新機種にというのにも抵抗があった。

 が、ついに二月末ハードディスクが変調を来し、頻繁にハングするようになった。
 もはやこれまでと3月に入って、新型MacBookProを発注した。
 ネット上では、MacBookAirのようにフラッシュエスエスディー、Flash Solid State DriveタイプのMacBookProが登場するのではないか、とネットなどでも囁かれていた。
 が、そうではなかったのが残念だ。
 が、そんなこと言っておられない三月年度末の業務に間に合わせたかった。
 
 そして、3.11・・・


 MacBookPro2_500

 納品された新MacbookProに火を入れ、いじる心境にならない。
   

MacBook Air 2012/03/04

MacBookPro_1'st


 Macbook Air 11インチが1月に到着した。
 Apple StoreのBTOでフラッシュメモリー125GBに増設した奴。
 女将が、購入していい、と。

 永年、Apple iBookをプレゼン用Macとして使ってきた。
 
 実は1月、東京でプレゼンしなければならない会議があって、iBookを持って行き、肩と腰を傷めて帰ってきた。
 頑丈だったが、齢64が持ち歩くには・・・あまりにも重すぎた。
 北海道から東京に出て、内幸町などの延々と続く地下鉄通路をiBookをバッグにし歩くだけで、ヘタッテしまう重さだ。
 
 兎に角、持ち物は少ないほうがいい。
 キャスター付きキャリングバッグの大きさも、鬱陶しいくらいに感じる男。
 バッグ一つで動けるスタイルを追求してきたが、重さだけは敵わない。
 
 1kg・・・ 、もうこれで苦労しないですむ。
 MacbookAir本体、電源コード、USB Ethernetアダプタ、USB、B-Mobile。

 それに、喫煙可の喫茶店の都内のマップさえ入手できれば、完璧だ。


 で、気分転換に、これまで拙ウェブサイトの三コラムの目次ページに、手を入れた。
 というか、2コラムにした。
 サイトマップのナビゲーションは本当に難しい。
 若女将からも、お客様が目的のページにどうアクセスすればいいのか、と電話でお問い合わせがあると言われ、覚悟を決め二コラムのシンプルなナビページにした。
 モノクロ基調を強調した。

 あわせて、「蕎麦屋親爺の独り言」ブログもモノクロ基調のテンプレートを選び、改良をした。
 お客様の反応はどうか?