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2016年北海道しりべし蘭越町のソバ畑

September.2016 Photo by Kennichiro Kawaduma in FARMTOPIA ( Hokkaido, Rankoshi Town)

 

 私もだが、オトナたちはくたびれている。
 手のひらにわからないサプリメントを山盛りし、医者に通い、宴会に通い、家族を思いやり、職務を気遣う。
 自分のことなどポケットの隅の毛玉くずのように置き去って・・・。
 頑張ってきた。
 本当によく頑張ってきた。
 だからボチボチ上手にさぼっていい。

 リラクゼーションだの、ヒーリングだなんて、なんなんだ。
 ケーキやデザートみたいな処方は、ニッポンのオトナ(オジサン、オバサン)には効き目薄。
 そもそも「ストレスがねぇ」なんて自己診断するワカモノ諸君がやればいい。

 オトナに必要なのは、そう「憩い」。
 憩うとは「ひとり」を楽しむ時間のこと。
 他人任せの温泉ツアーや、有名シェフの晩餐会でもない。
 予約やチケットなしに、すっと身近に、日常の中で、自分自身を和ませなくては「憩い」にならない。
 「憩」という字は、心の上に自らの舌が乗っている。
 心と自らの舌。
 これは味わうことによって心身がいやされるということ。 
 飲食のみならず、景色、出会いも味わいのひとつ。

 それを、ひとりで、する。
 ひとりで選んで、ひとりで行って、ひとり、味わう。
 オトナだからわけないこと・・・のはずだが、みな、していない、できないでいる。

 ここに、蕎麦屋あり。
 ぽっかり空いた半端な昼下がり(二〜四時頃)、存分に憩える空間がある。
 その時間帯の「蕎麦屋」は、オトナの貴賓室。

 ほの暗い店内は、昼下がりの陽光に包まれて、座った席がカンガルー・ポケットとなる。
 メニューの組み立てもオトナの自由自在。
 むろん蕎麦だけ頼むのもいいが、いきなりソバアイスでもいい。次に板ワサと燗酒でも一切構わない。熱々の合鴨南蛮の後に冷で酒でせいろ一枚をたぐるのもいい。
 レストランでデザートの後にメインディッシュは注文できなし、食堂だって昼酒の客はあまり歓迎しない。
 が、焼き海苔を一枚ツマミにして一合酒を三〇分かけて、のうのうと楽しみ過ごせるのは・・・蕎麦屋だけだ。
 「三四郎」じゃないけれど、ストレイシープをいつでもかくまってくれる。
 たそがれ時の蕎麦屋、腹ごしらえではなく心ごしらえの場、シメのソバ湯を飲み干す頃には、まるまると自分が満ちている。

 そして、いよいよ九月、新秋(しんあき)新ソバの季節。
 江戸の蕎麦通になじめなかった一茶が、面白い句を詠んだ。
   ふん、そばの花も見たことない都会の連中が、そば通だなんだと、ばかばかしい、

と。 で・・・、

 

   そばの花 江戸の奴らが なに知って (一茶)

 そんな一茶の気分で、北海道の新秋・新ソバをお楽しみください。